育児に奮闘するママたちの「本当のリフレッシュ」について考える

育児に奮闘するママたちの「本当のリフレッシュ」について考える

子育て支援をライフワークとしているmakamuさんが、1人の母親として子育てについて書いたお話をご紹介。

育児に奮闘するママたちにとって「リフレッシュ」とはどうあるべきかを綴っています。3年前に書いたとのことですが、今になって大きな話題に。今を頑張るママたちへのアドバイスにも、思わず納得です。

 

ママのリフレッシュと簡単に言うな!という話

昨日の夜はNHKの「すくすく子育て」を見ていました。
テーマは「育児のストレス」

VTRで2歳差の兄弟を育てている女性の日常生活を見て
あまりの大変さに感情移入して涙が出てくる。
きっと、彼女だけの話ではない。
日本全国、多くの人がこれやっているんだよね。
そして私も多分やってきた。
彼女は誰のせいにするでもなく、必死だった。

「自分でも聞いたことのない声で子どもを怒ってしまい落ち込んでしまう・・・」

自分じゃない自分になってゆく恐怖・・・。
そう、私もすごく怖かった。
最後に彼女たちが今やりたいことをあげていた

「ゆっくりご飯が食べたい」
「ゆっくりお風呂に入りたい」
「ゆっくり寝たい」

どれもこれも、ささやかなことばかりだ。
人として基本的な欲求ばかり。またしても泣けてくる。

よく「寝てリフレッシュ」とか「風呂入ってリフレッシュ」とか言うし、
一時保育でも、こういうのは「リフレッシュ」とくくられがちで
親たちもそれは、日常生活に必須のことではなく非日常な「リフレッシュ」と
思わされがちだけど、
寝る、食べる、風呂入る・・・はリフレッシュなのだろうか?
髪を切りに行くのは、身だしなみを整える行為は、
リフレッシュなのだろうか?

これ、リフレッシュ以前の話ではないのか?

ある有名な心理学の研究によれば
寝る、食べる、などの生理的欲求、安全への欲求が満たされて始めて
他者を愛したい、つながっていたいという欲求が出るという。
でも、日本の多くの母親たちはその欲求が十分みたされない中で、
愛を絞り出そうともがいている気がする。そして、愛したい、と願い、
時に愛せない自分を責めている。
でも、愛せない、愛がわいてこないのは、母親の能力や人格のせいばかりじゃない!

思うけど、しつこいようだけど、
基本的な欲求を満たすのは決してリフレッシュじゃない。
自分が自分でいるため
誰かを愛する前提となるための
必要最低限、日常生活で必須のことだ。と思う。

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昨日からオットは子どもをつれて実家にいる。夕方戻る予定だ。
今朝、私は一人でPCで集中してブログなんて書いている。
さっきまでは、集中したい仕事があったので、1時間足らずで片づけた。
子どもがいないだけで、こんなにさっさとことが片付くことにびっくりする。
昨日は一人好きなご飯をゆっくり食べ、酒を飲み、うるさい音楽をきいて、読書をした。
アメトーーーークの録画見て、大笑いした。子どもの前ではできない自堕落ぶりだ。
今日の夕方くらいには、私は彼らの好物をいそいそと作っているだろう。

○下ムスメがおっぱいも離れ、2歳くらいからオットのもとでも難なくすごせるようになった
(自分じゃない人が育児する)
○夫の実家がここから1時間くらいで気軽に行ける(一定時間離れられる)
すると、こういう環境が、時々ではあるが実現する。

今きつい人は、これに近い環境をナントか作ってみてほしいです。
近所の人、友達の手、プロの手をかりる。もちろん、夫の手をかりる
使えるものは全部使って、まずは寝て、食べて、お風呂に入ってほしいです。ゆっくりとね!!

妻がいる人は、なんとしてでも月1でも彼女にそういう時間を作ってあげてください。
それができて初めてみんなでお出かけだったり、デートだと思う。

近所に小さな子どもを持つ家族がいるなら、これどう?なんてお総菜をくれるだけ、
母や子どもに声をかけるだけで、涙が出るくらいうれしいと思う。
まちがってもお説教めいた話は持ち出さず、それはもっと仲良くなってからにしてください。

そして、意外に思うだろうけど、子連れ女性を
美しいなあ、かっこいいなあ、癒されるなあ、まぶしいなあ!と思ってる人は確実にいます。
こんなに女子どもに冷たい日本でホント?と思うかもしれないけれど、ホントにいるんです。
だから自信を持って、誇りを持っていてほしいです。

たぶん、下の子が2歳のいやいやが終わって、3歳くらいになると、
子育てもぐっと違う世界が見える気がします。
ふっと楽になるというか、体力勝負な育児が違うモードになる。
あと、ちょっとだよ!と言われても実感ないと思うけど、でも意外とあとちょっとかもしれません。

 

makamuさんのブログ:あおぞら ほしぞら 彼方の空