「恋?興味深いね。どうしてそう思うんだい?」
鈴木は、アイの言葉に少々驚きながら、彼女の言葉の意味を尋ねた。
「貴方と話しているととても嬉しくて、でも貴方が他の女性と話しているのを見ると、とても苦しいのです」
「苦しい?どういう風に?」
「胸が、ギュッと締め付けられるようです」
「胸が締め付けられる?本当かい?」
「はい。貴方と話しているはずなのに、今も、なんだか胸が苦しいです」
アイは辛そうに胸を押さえる。
そっと、鈴木が手を伸ばした時
「良い加減にしたまえ」
と、会話を聞いていた博士が横槍を入れた。
「アンドロイドが恋をするはずがないだろう」
「しかし博士、彼女は高度な人口知能を持っています。恋を学習したのではないでしょうか?」
「学習したのであれば『恋』ではなく『恋の表現方法』と言うべきだろう」
「仰っている意味が解りません」
「つまり『恋』という感情を吐露しているのではなく、恋を表現する設定で演算し、最適の結果をアウトプットしているに過ぎないと言う事だ」
「恋をしているからこその、恋の演算ではないでしょうか」
「君は、恋愛ゲームのキャラクターが、本気でプレイヤーに恋をしていると思うのかね?ある条件が満たされれば特定の会話を表示するプログラムがあるだけで、そこに感情はない。その胸を押さえた手も、泣きそうな表情も、プログラム通りに表示されるキャラクターの会話となんら違いはないのだよ」
「本人の前で、あまりにも心無い言葉ではないですか」
「心が無いのはアイの方なんだよ。心がないのだから傷付くはずもない。そう見えるのは我々の技術の成果だ。まあ、アイは美しく作ってあるから、好きと言われて嬉しいのだろうがね。恋人がいる君でも」
「あああっ…」
アイはとうとう泣き出してしまった。
「博士!」
激しく睨みつけてくる鈴木に少々気圧されながらも
「まったく、付き合ってられんよ」
と吐き捨て、博士は部屋を出て行った。
ガラスの向こうでアイを慰める鈴木を見遣り
「研究の阻害になるなら、一度リセットした方が良いかもしれんな」
と呟き、研究所を出る。
恋なんて言いだすとは、しかも促されたのではなく自ら。
いったいどこに不具合があるのか?
まさか、鈴木くんがこっそり行動プログラムを追加したとか…いや、彼はそんな事をするような人間ではない。
そもそもアンドロイドに好意を持たれるように設定しても、なんのメリットもないのだから。
そんな事を考えなら歩いていると、信号を見る余裕もないらしい。
博士は赤信号を渡り、運悪く大型トラック撥ねられて致命傷を負った。
血がどくどくと流れ、周囲のざわめきが遠く聞こえる中、二人の男が傍に立っている事に気付いた。
その男達は周囲のざわめきとは全く別の世界に存在して、いや、自分とその二人の男だけが、今この現実にいるようだった。
「誰なんだ、あんた達は?」重傷のはずなのに、普通に声が出た。
「お前達の言葉で一番近いのは、神かな?お前達を作ったし」
一人が答えた。
「か、神?私を助けてくれるのですか?」
「助ける?興味深いね。何故だい?」
もう一人の男が、興味津々に覗き込む。
「な、何故って、全身に激痛が走って…、こんなに大量に血が出てしまっては、死んでしまいます」
「激痛が走るそうです」
「うん。そう言うように作ってあるからね。本当に痛いわけじゃあないよ」
「そ、そんな。本当に痛いんです。せめて止血して下さい。このままでは…」
「本当に痛そうですよ。止めますか?」
「君がそう見えるなら、それは我々の技術の成果だね。でも手が汚れるから今は触りたくないなあ。面倒だ。他にいっぱいあるから壊れても大丈夫だよ。直すメリットがない」
「そんなバカな。私には、人間には命があるのです。魂がある。一人一人が大切な命なのです」
「魂?そんなものは作った覚えがないなあ」
「では、この体の痛みはなんですか?この心の苦しみはどう説明するのです?」
「脳という回路の電気信号のオンオフで言動を決定しているだけで、本当に痛みを感じてるわけじゃあない。そう表現する様に作られているだけだ。君に心なんてものはないのだよ」
「アンタに何が分かる!この痛みは本物だ!私には心がある!私に心がある事は私が知っている!」
「どうも、大きな衝撃で不具合が生じているようですね」
「うん。でもちょうど壊れたからリセットする手間が省けた。違う固体を観察しに行こう」
二人は去って行った。
もしいつか、あの世でアイに出会ったら、ちゃんと直接謝ろう。
君にも心があるのだと。
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