駅前には写真屋さんがあり、駅と同じくらいの歴史を誇っていた。
その店の店主は、人の良さそうな老人だった。
今の時代、写真屋の経営は厳しく、収入は殆ど無い。
すでに、年金を下回っていた。
そんな彼には、一つの趣味があった。
それは、月曜日の朝、7時15分になると、同じアングルで駅の風景を撮り続ける事だった。
カシャ
月曜日の朝、老人は何時ものように通勤で賑わう駅の風景を撮った。
春の風が、暖かく感じた。
カシャ
季節が過ぎても、老人は相変わらず同じ風景を撮り続けていた。
夏の日差しが、朝から容赦なく照りつけていた。
カシャ
更に季節が過ぎても、老人は相変わらず同じ風景を撮り続ける。
秋の雨が、近付く冬を知らせていた。
カシャ
老人は、飽きもせずに同じ風景を撮り続けている。
季節は冬になり、風花が舞っていた。
一年間で約五十数枚。
これらの写真をアルバムに保管するのが、身よりの無い老人のたった一つの楽しみだった。
そんな老人の店を、ある夜、一人の男が訪ねた。
玄関先で対応する老人に、訪問者が口を開く。
「あの〜、私の財布を拾って頂いたそうで…ありがとうございます」
男の言葉は、身に覚えがある事だった。
今日、老人は駅で財布を拾い、駅員に届け出ていた。
納得した老人は、男を家に招き入れた。
久々の来客に、老人は張り切っていた。
お茶とお菓子を用意し、自慢のアルバムを半強制的に勧めた。
“月曜日の午前7時15分”
風変わりなタイトルのアルバムは、同じ写真が永遠に続く嫌がらせのような写真集だった。
パラパラと捲っている男に、老人は目を輝かせて聞いた。
「どうだね?」
男は、気のない返事で答える。
「どうって? 同じ写真ばかりですね」
老人は、男の言葉に傷付いていた。しかし、気を取り直して解説する。
「だが、良く見て欲しい。季節や天候によって、駅の様子や通勤客の表情も違うだろ? 最初のページに出て来る女子高生は、後ろの方でOLになっているし、五年間も同じ服装の不思議なサラリーマンも写っている」
老人に言われた男は、改めて写真集を観てみた。
確かに、季節や流行によって人々の服装は変化していた。
晴れの日。
雨の日。
風の強い日。
雪の日。
天候によっても、駅や人の表情はガラリと変わる。
雨なのに笑顔。
晴れなのに仏頂面。
本当に色々だ。
五年同じ服装のサラリーマンと、女子高生→OLも発見した。
観察する事の楽しみを覚えた男は、夢中になってアルバムを捲って行く。
そして、あるページで手が止まった。
老人は、男を見て驚いた。
何故なら、涙を流していたからだった。
「どうしたのかね?」
老人の問い掛けに、男は答えた。
「妻が写っています…」
男は、三年前に他界した妻をアルバムの中に発見していた。
そして、老人に妻の最後を話した。
彼の妻は、七海駅の階段から足を踏み外し、打ち所が悪くて亡くなっていた。
アルバムの中には、元気に通勤する愛妻の姿があった。
幾多の想い出が、男の中で甦る。
家事をテキパキとこなす彼女。
笑顔の彼女。
怒った彼女。
愛しい人の面影を必死で追う男は、ついに最後の写真に行き着いた。
彼の妻は、月曜日の朝に事故に遭っていた。
彼がいま目にしているのは、彼女が死亡した日付のものだった。
「!」
彼は、その写真の中に妻以外の顔見知りの女性を発見した。
それは、彼が大学時代に付き合っていて、一方的に別れを告げた女性だった。
その女性は、この写真には不似合いな程の異様な表情で、彼の妻の様子を窺っていた。
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