『その値段だとやってくれるプロがいないと思うので、もうご自分で描かれた方が早いですよ』
『私は絵が描けません』
『今は描けなくても、練習すればいつか上手くなりますよ』
『そんな風に描けるようになるまで、どれだけの時間とお金がかかると思ってるんですか?』
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「あのさ。コストを掛けるなって言っただけで、契約潰してこいなんて言ってないんだけど」
「…すみません」
編集長は、僕の目を見ない。人差し指の爪の先を、もう片方の手の親指でつまみこむように何度もこすっていた。ときどきそこに、息を吹きかけたりする。
「どうすんの?一番お得意のイラストレーターさんだぞ。仕事受けてくんなくなったらお前代わりに描けよ。描けんのか?」
「すみません」
「すみませんじゃねぇだろ。それしか言えねぇのか」
「…」
「なんか言えよ。お前さぁ」
今日、編集長に呼び出された。先日いざこざがあったイラストレーターについてだ。
どうしていざこざが起きたのかと言えば、これまで一定の額で外注していたイラストレーターさんの「商品」を、僕がかなりの安値で買い取ろうとしたからだ。当然相手は、あまりの価格の暴落ぶりに眉をひそめた。
自分が心血を注いだものに、二束三文の価値しかないと正面から切って捨てられたら?ぞっとする。そして、それは他でもない僕自身の口から実際に出た言葉だった。
僕がどうしてそんな大胆な値切り交渉に出たかと言えば、今月から、うちの会社が外注しているイラストや漫画の人件費を、これまでの半分に抑えるという方針になったからだ。コストを半分にして全体の利益を上げるのが僕たちに与えられた仕事。だけど方針に従ったことで、末端の人間は、こうして呼び出しをくらうのだった。形を整えたい樹木は末端を剪定すればいい。手酷く、無粋で、そして当然のことなのだ。それを誰より当然と思っている人間が、また口を開く。
「いい加減仕事覚えろ。つかえねぇ」
編集長は口癖を言った。いつものように、言ったあと少し、周りを気にした。編集長は最後まで僕の目を見なかったし、僕がこれからどうすれば良いのかは最後まで分からなかった。それは同じことを繰り返せという、言外の要求だった。
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