『そうそう、この前、あそこの駐車場に、昼間っからパトカーが停まってて。おっかなくて』「え、待って。そもそも駐車場になったの聞いてない。床屋だったでしょあそこ」…『お父さんが貰ってきた日本酒があるけど、今度送ろうか』「いいって。そっちで飲んで。お酒あんまり好きじゃないし。父さん元気?」…「あ、荷物。言い忘れてた。食料品とか、送ってくれてありがとう」『うん。タッパーに、肉じゃが入れといたからね。チンして食べて』
肉じゃがは、今でも本当に大好物だった。
「ありがとう」
『あんた別に食は細くないし、ちゃんと食べてるとは思うけど、しっかり栄養とってね』
「うん」
『仕事はどう。うまくいってる?』
「…―」
僕は、とっさに何かを言った。多分、当たり障りのない何事かを言った。そう思う。自分の中にあまりにも根を張っていない急ごしらえの言葉たちだったので、思い返して反芻することも叶わなかった。母さんは満足そうに『うん』と返してきた。
『あんた優しいし、嘘つけないからね。それに悪口も言わない。どんな環境でも、人はそういうとこ見てくれてるから』
昔、母は僕がよく友達と喧嘩して帰ってくると、喧嘩したこと自体は叱らず、ただ抱きしめて慰めてくれた。代わりに、喧嘩相手を口で罵ることは許さなかった。ただその日に起きたことだけを話させて、そして背中をさすってくれた。抱きしめてくれた母は当時の僕にとって無敵の聖域だったし、その庇護を出たと思っているのは僕の一方的な思い込みなのかもしれなかった。
『あんた、いつでも帰ってきていいからね』
「なに言ってんの。明日も早いから、もう寝るよ」
『うん。おやすみ』
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