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戦争映画「野火」の解説・考察

戦争映画「野火」の概要

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「野火」は、2015年に公開された大岡昇平原作、塚本晋也監督そして監督自身が主演を務めた作品です。

太平洋戦争敗戦間際の激戦地、フィリピン、レイテ島で友軍から見捨てられた田村一等兵が結核をかかえ、銃弾飛び交う中を右往左往する物語。
彼は「できれば生きて帰りたい」と願うとともに、「死んだ方が楽なのかもしれない」という葛藤に苦しみながら、銃弾を避け、ジャングルで食べられるものを死に物狂いで探します。

市川崑監督の前作「野火(1959年)」との一番の違いは、主人公田村が「猿の肉」を食すシーンです。
前作は、公開が戦後間もなかったため自主規制していたものを、本作では戦後70年ほど経ち、直接的な描写でないと伝わらないと、「猿の肉」、ひいては「自分の肉」まで食するシーンが登場します。



「野火」のストーリー考察

2015年版「野火」は、戦死とは何か、どういう死なのかをこの上なくリアルに悲惨な戦場を再現することで、観客に訴えてくる作品です。
ともすれば英雄視されかねない戦死が、実に惨めでその全てが犬死であると本作は主張しています。
多くの兵隊がさまざまに死んでゆき、路傍が死体の山で埋まっている場面もあり、リアルな描写は恐怖心をも掻き立てます。

腐敗が進み、蛆(うじ)が湧いている死体が動く中でも、田村は無関心にそこを通り過ぎてゆきます。
戦争とはこうまでも人から感覚を奪えるものなのか。
作中、何度もゾクゾクするような場面があるのですが、田村が飛び上がって驚くのは一度か二度で、彼は淡々と生き地獄を彷徨し多くの死に無関心に立ち会います。

私たちは映像でしか知ることができませんが、この作品のリアルな描写から、現地の蒸し暑さや累々たる死体の山が放つ腐臭が凄まじかったことまで伝わってきます。

多くの兵隊が実に様々に死んでゆくのが見どころの一つともいえるこの映画。
死因は、事故死、餓死、病死、あるいは自殺であり、本作は一人一人の死を丁寧に描ききることで、彼らの死の惨めさを引き出しています。

「野火」で起こる死について

【事故死】
本作内において、銃撃戦とは一方的なものであり、ほぼ災害や交通事故のようなものとなっています。

それは思わず現地人女性を撃ってしまった主人公が銃を捨てる描写からも明らかで、激戦地で射殺されることはもはや事故死といえるでしょう。
投降しようとして現地人女性に撃たれる、道を渡ろうとして一斉掃射される、果ては友軍に後ろから撃たれる、など惨めな死に方は戦場では当たり前でした。
作中には出てきませんが、滑落や溺死等の事故死の中の事故死もあったであろうことは想像にたやすいです。

【病死】
戦地で病死するイメージがつきにくいかもしれませんが、事実、主人公田村は結核を、仲間たちは脚に潰瘍、脚気を患っていました。
どれも治療しなければ亡くなる病気ですが、戦地では充分な手当ては受けられないことが圧倒的に多いです。

特に本作では、冒頭で野戦病院のが悲惨な有様であることが示されます。
薬も包帯も食料も、何もないのです。これは現在の野戦病院も同じなのですが。

戦場という場所は、おおむね不衛生で、慢性的に栄養不足でしたので、脚気や赤痢、結核等に多くの兵隊がてきめんにかかり、死んでいきました。
当時の陸軍省は栄養に関してあまりに無知であったし、栄養の研究が盛んになったのは戦後の事であることを鑑みても、戦死の中で病死は避けられない死であったようです。

【餓死】
本作が戦う最強の敵が餓死です。

「この見知らぬ敵地でいかに餓死しないか」が、本作を貫く柱の1本だと考えられます。
本土でさえ餓死者を出していたこの頃、ほとんど負けが決まっている激戦地に補給などは来ず、除隊された主人公は、ずっと食べることを考えています。

食うべきか、死ぬべきか

田村は知識人だったため、極限状態においても、考え、感じ、倫理や哲学、人道にのっとった行動をしようとします。
それがゆえに、食べられなかったものも多くあり、他の兵隊よりも飢えに苦しみ、食べる哲学について考えすぎて、やがて幻覚を見、幻聴を聞くに至ります。

飢餓は人を狂わせるんだ、と飽食の時代の私たちに見せつけてくるかのようです。

「野火」が我々に伝えたいこと

戦争で死んだ者に、あるいは戦地から生還した者に英雄なんていないということではないでしょう。
平時に見ると強烈なスプラッターで悲惨な戦場を経験したからこそ、日本人は憲法9条で戦争を放棄したのではなかったでしょうか。

どこの国のどんな人であれ、あんな地獄を味わってほしくない、という意味で「戦争には反対する」と言い切れるようになる映画です。

「野火」が社会に及ぼした影響

2015年版「野火」は、自主製作自主配給映画であるにも関わらず、観客動員数7万人、興行収入1億円という人気作となりました。
昔からの映画ファンはもちろん、現在の戦争に向かって突っ走りかねない世界情勢を危惧した若い世代も多く足を運びました。

TAMA映画賞では特別賞、キネマ旬報ベストテンでは日本映画2位、毎日映画コンクールでは男優主演賞、監督賞などを受賞しています。
2017年、NHKEテレ「100分de名著」で取り上げられるとともに、原作小説の読書会が各地で開かれました。

 
私たちは、もうあの地獄に戻ってはいけない、何人たりともあの地獄にいかせてはならない、そんなことを心の底から思うようになる作品です。
戦争があったという事実を忘れないため、そしてこれからも平和の中に生きていくためにも、ぜひ知っておくべき映画だと思います。