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ジブリ映画『風立ちぬ』で見る1920年代の社会不安と戦争

2013年に公開され、宮崎駿監督の引退作品として注目を集めた『風立ちぬ』。舞台は1920年代の日本ですが、実はとても如実に当時の社会不安が描かれていることをご存知ですか?

本作の重要なキーポイントとなるのが、実際に第二次世界大戦で日本海軍が使用した「零戦」です。では私たちが知らない戦前の社会では、なぜ「零戦」が必要とされたのか、『風立ちぬ』に描かれている"社会不安"に注目して考察します。ぜひ、『風立ちぬ』を少し違う視点で見返してみてください。

『風立ちぬ』作品紹介

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舞台は1920年代の日本。飛行機にあこがれる青年・堀越二郎(声:庵野秀明)が帝国大学を卒業後、飛行機設計士として零戦を作るまでの物語です。ただの飛行機好きの少年が人を殺す道具と知りながら優秀な戦闘機を開発し、太平洋戦争の最終兵器になってゆく悲劇。そして薄幸の強気少女・菜穂子さん(声:瀧本美織)と出会い、恋をし別れてゆく、ジブリ作品でもっとも濃い恋愛が描かれた作品です。

2013年に宮崎駿監督が「引退作品」として筆をとった、スタジオジブリの長編アニメ映画である本作。ボストン、ニューヨーク、サンディエゴの映画批評家協会賞と日本アカデミー賞を受賞しています。また、受賞はとはいきませんでしたが、かつての交戦国アメリカのアカデミー賞アニメ映画部門にノミネートもされました。

面白いのは、本作が堀越二郎という実在の人物をモチーフにしているにもかかわらず、堀辰雄の小説「風立ちぬ」を元にするという独特なつくりをしてるところ。それでいて1920年代の日本がどれほど生きにくい世の中だったのか、それでも必死で生きていた人たちの人生とはどんなものだったのかが伝わる作品です。ジブリには珍しく、子ども目線度外視の大人が楽しめる作品ともいえるでしょう。



『風立ちぬ』考察

当時日本は日清戦争、日露戦争に勝利を収めた新興国として世界の脅威になりつつありました。ここでいう「世界」というのは今とは少し異なり、「白人だけが人間」という考えを持ったヨーロッパの国々を指します。人種差別がいけないという考え方すらなかった時代だったのです。その「世界」に、黄色人種の国が新興国として仲間に入りすることが、彼らにとって認めがたいことだったのは想像に難くありません。

そうして対外的には一等国入りを目指していた日本ですが、国内においては様々な社会不安を抱えていました。『風立ちぬ』では3つの社会不安が描かれており、その社会不安が「零戦」を作ったとも考えられるのではないでしょうか。

貧困

劇中何度も出てくる言葉に、「この国は貧しい」というものがあります。事実、戦前の日本は本当に貧しい国でした。社会保障やセーフティーネットなどもなく、這い出る道もほとんどありません。

当時貧困というのは怠惰が原因と考えられており、「貧しいのは頑張っていないからだ」というのが政府の言い分でした。政府はそんな貧困層をなんとかすることよりも、新興国として世界に認められることや植民地化されないための対策に手いっぱいでした。それまでに植民地化されたアジア諸国の惨状を、日本に持ち込ませてはならないという危機感が大きかったのでしょう。

ここからも読み取れるように、貧困層対策よりも軍備を強化することが何よりも必要だと考えられた時代だったと言えるでしょう。

関東大震災

そんな貧しい時代の日本を関東大震災が襲います。劇中ではまだ学生の二郎と小さな少女だった菜穂子が出会った直後、東京に近づいていた汽車の中で震災に見舞われます。

この頃の家屋は木造建築が多く、火災や倒壊で多くの被害がありました。さらに荒れた環境の中で、人々の間に不確かな噂話やデマが流れたことが原因で、多くの人が命を落としました。劇中でも「機関車が爆発する」というデマが流れていますね。

東京という政治の中心が壊滅してしまった日本は、復興を必死に試みます。しかし震災前から資金繰りに困っていた政府は、国債などの対外債務(外国にする借金)に頼らざるを得ませんでした。震災不況に引き続き昭和恐慌で取り付け騒ぎが起こると、世の中が大変な混乱とフラストレーションで満ちてゆきます。劇中では二郎が飛行機会社に入社する日に、取り付け騒ぎが起きています。

その後世界恐慌が起き、第2次世界大戦、太平洋戦争へと向かいます。二郎さんの開発する零戦がどうしても必要になってゆくのです。

結核

また、菜穂子の罹った病気「結核」も当時の秘本社会に大きな不安を与えていました。予防接種BCGの普及で今ではあまり馴染みのない結核ですが、当時は治らない病気だったため日本人の死因の大半を占めていました。

菜穂子は結核で亡くなったお母様の看病をしていて感染しました。しかし彼女が高原病院で受けている治療も民間療法レベルのもので、決してすべての人に効果がある治療法ではありませんでした。結核だけでなくインフルエンザや天然痘など、多くの病気がまだ治りにくく、多くの人々が命を落としていた時代で、病気に対する不安は現代とは比べものにならなかったのです。

最後に

『風立ちぬ』は堀越二郎の半生と堀辰雄の「風立ちぬ」をミキサーにかけ、宮﨑駿監督独自の視点を加えて完成した作品です。

「貧困」、「関東大震災」、「結核」。そんな"死"と隣り合わせの恐怖や不安定さが、一刻も早く新興国入りをして安心した日々を送りたいと、必死に生きようとする人々を作り上げていったのではないかと考えられます。このように多くの社会不安を抱えた貧しい日本が、真綿で首を締められるように突入していったのが太平洋戦争であり、二郎は零戦の製作者として深くこの時代に関わっていったのです。

当時の日本実在の人物をモデルに再現されたこの物語。ぜひこの平和な時代に生きている今だからこそ、皆さんにも観てほしい1本です。