デヴィッド・フィンチャー監督がヒッチコック監督作品のリメイクに着手したとの噂や、『鳥(1963年)』で主演を務めたティッピ・ヘドレンの暴露話など、各方面から再び脚光を浴びる"サスペンスの帝王"アルフレッド・ヒッチコック監督が手掛けた映画10選をご紹介します。
目次
断崖【1947年】
あらすじ
仕事一筋の資産家の娘リナ(ジョーン・フォンテイン)は、ひょんなことからジョニー(ケーリー・グラント)と知り合います。一癖あるジョニーに反目するリナでしたが、今まで出会ったことのない洒脱な彼に惹かれていき、2人は結婚することに。
リナは豪華な新居と高価な家具、家政婦のいる新生活に驚きを隠せず、貯金は無いがなんとかなる、と言ってのけるジョニーに不安を募らせます。楽しいはずの新婚生活は夫の博打癖や、やっと見つけた職場で起こした犯罪まがいの不祥事などで不穏な気配に。自身の資産や命さえも夫に狙われているのではないか?という疑念が、リナの頭から離れなくなっていきます。
見どころ
夫に対する恐れや不安を、光と影で見事に表現したモノクロ作品です。ご紹介したいのは、真夜中に疑心暗鬼で寝込んだ妻のもとへ夫ジョニーがミルクを運ぶ名シーンの逸話。ミルクの白さを際立たせる為、コップの中に電気を仕込み、発光させて撮影に望んだという手の込みようです。
ただのラブロマンスにしか見えない前半と、結婚してから様変わりする後半。デヴィッド・フィンチャー監督の『ゴーン・ガール(2014年)』が本作の構成に近いことから、ここにきて再び脚光を浴びています。
見知らぬ乗客【1953年】
あらすじ
テニス選手のガイ(ファーリー・グレンジャー)は列車の中で、ブルーノ(ロバート・ウォーカー)という噂話好きの男に出会います。ブルーノはガイの結婚生活が上手くいっていないことや、上院議員の娘アン(ルース・ローマン)と不倫関係であることなどを、ゴシップ紙の記事からすでに知っていました。
たちの悪い現在の妻さえいなくなれば、ガイの恋愛は全て丸く収まるはずだと唆し、交換殺人を持ちかけてきたブルーノ。ガイがブルーノの父殺しを、ブルーノがガイの妻殺しをそれぞれ行うという計画です。接点のない2人の犯罪は世間からバレるはずがない、とブルーノは言うのですが…。
見どころ
本作はスターが出演していないことが影響してか、ヒッチコック監督映画の中では佳作扱いを受けがちです。しかし、スピーディな展開や偏執狂でマザコン気質の犯人像、グラフィカルな構図など、とても現代的。
特筆すべきはラストの遊園地のシーンでしょう。登場人物たちの狂騒感と大暴走するメリーゴーランドがリンクしていく、絶妙な編集が秀逸です。デヴィッド・フィンチャー監督が本作のリメイクに着手したのではとの噂が。
ダイヤルMを廻せ!【1954年】
あらすじ
テニス選手トニー(レイ・ミランド)はツアーで忙しく不在がちの為、妻マーゴ(グレース・ケリー)との夫婦関係が上手くいっていません。夫の留守中に推理作家マーク(ロバート・カミングス)と関係を持ってしまったマーゴは、彼と一緒になりたいと思うようになります。
妻の心変わりに気づいたトニーは、いっそ妻を殺害し彼女の資産を手に入れようと計画。学生時代の友人スワン(アンソニー・ドーソン)を呼び寄せ、1000ポンドの報酬と引き換えに妻殺害の話を持ちかけます。
見どころ
後述の『ロープ(1962年)』同様、物語の前半で犯人とトリックが全て説明されています。しかし、登場人物に推理作家が加わっていることによって、計画のほつれが白日の下に晒されていくストーリーテリングはなんとも軽妙。現代に置き換えても十分通用する鮮やかなトリックで、最後まで観客を引き付けます。
1998年にハリウッドでリメイクも制作されました。本作がヒッチコック監督映画初出演というグレース・ケリーの、初々しくも華やかな存在感が目を引きます。
裏窓【1955年】
あらすじ
片足を骨折し自宅療養しているカメラマンのジェフ(ジェームズ・スチュアート)は、カメラの望遠レンズで界隈のアパートを覗き見ることを唯一の楽しみとしています。その中に喧嘩の絶えない中年夫婦がいたのですが、ある晩を境に寝たきりのはずの妻が突然姿を消し、不審に思うジェフ。
夫による妻殺害を疑い始めたジェフは、恋人のリザ(グレース・ケリー)と家政婦を巻き込み、その証拠探しを始めるのですが…。
見どころ
主人公がギブスをしているので、部屋から一歩も出ることが出来ないという設定が斬新です。特異な魅力を放つ名作中の名作であり、ヒッチコック監督の代表作と呼べる作品でもあります。他人の部屋を覗き見るという、誰もが気になるけれど物理的にも倫理的にもなかなか出来ない行為が物語の重要な鍵に。
主人公にどんどん感情移入してしまう演出の切れ味はさすがの一言です。眩しく輝くグレース・ケリーの美しさとファッションも必見。
知りすぎていた男【1956年】
あらすじ
家族旅行でモロッコを訪れたジョー・マッケンナ(ドリス・デイ)は、フランス人のベルナール(ダニエル・ジェラン)と親しくなりますが、彼が殺害されるところを目撃します。「アンブローズ・チャペル」という謎の言葉を残したベルナール。同時にジョーの幼い息子ハンク(クリストファー・オルセン)が、エドワード・ドレイトン(バーナード・マイルズ)たちの手によって誘拐されてしまいます。
自ら息子を取り返そうと調査していくマッケンナ夫妻は、事件の裏に立ちはだかるある大きな陰謀を知ることに。
見どころ
家族旅行が異国情緒とともに描かれる冒頭から、巨悪の存在が見え隠れしてくる中盤。そして終盤の見どころは何と言っても、オペラハウスでのクラシックコンサートの名シーンです。一見動きの少ないコンサート会場という設定が、こんなにもスリリングになるなんて!と手に汗握ることでしょう。
母親を演じるドリス・デイは歌手として名高く、息子に名曲「ケ・セラ・セラ」を歌うシーンはまさに適役。この曲が実は物語の重要な鍵になっています。
めまい【1958年】
あらすじ
同僚が建物から落下する様を見て以来、高所恐怖症でめまい持ちの元刑事スコティ(ジェームズ・ステュアート)。彼は昔の友人エルスター(トム・ヘルモア)から、妻マデリン(キム・ノヴァク)が夢遊病のように徘徊しており、心配なので調査して欲しいとの依頼を受けます。
マデリンには、精神を病んで亡くなった"カルロッタ"という美貌を持つ先祖がおり、自身も同じ運命を辿るのではないかという強迫観念に捉われていました。そんなマデリンの調査を進めていくうちに、彼女に惹かれていくスコティ。ある日の尾行中、彼女が突然海に飛び込むところを目撃し、介抱のため自身の部屋へ連れて行くのですが…。
見どころ
批評家や映画監督たちが度々第1位に選ぶ魅惑的な作品。テーマを凝縮したグラフィカルなオープニングが秀逸で見どころです。
デヴィッド・リンチ監督のテレビドラマ『ツイン・ピークス(1990年)』では、本作のオマージュとしてマデリーン・ファーガソンという"被害者に生き写しの少女"が登場。同じく彼が手掛けた『マルホランド・ドライブ(2002年)』でも本作の影響が多分に感じられ、未だに多くの作品や監督に影響を与え続けています。
北北西に進路を取れ【1959年】
あらすじ
ロジャー・ソーンヒル(ケーリー・グラント)はホテルのレストランで会合中、"キャプラン”という男と間違われ拉致されてしまいます。郊外の大邸宅へ連行され協力しろと脅されますが、別人なので何も知らないと抵抗するロジャー。大量の酒を飲まされ、拉致した男たちから仕組まれた交通事故で命を奪われそうになります。
危機一髪で逃げ出したのも束の間、悪質な飲酒運転を問われ裁判を受ける身に。ロジャーは酒はあくまで飲まされたのだと主張し、その証言の裏を取る為に弁護士とあの大邸宅に向かいます。しかし、大邸宅に着いたロジャーは親しい旧友かのように迎えられ…。
見どころ
得体の知れない者たちから間違われて追われ続けるというプロット。ハリソン・フォード辺りのアクション映画によく出てきそうですが、サスペンスと絡めて進行する本作はその走りと言えるでしょう。
目を引くアクションシーンの数々が有名ですが、ボンドガールのように魅力的なブロンド美女イヴ・ケンドール(エヴァ・マリー・セイント)とケーリー・グラントの丁々発止のやり取りなど、恋の行方にもぜひ注目していただきたいエンターテインメント作品です。
サイコ【1960年】
あらすじ
OLのマリオン(ジャネット・リー)は、金銭苦から結婚に踏み切れないでいる恋人サム(ジョン・ギャヴィン)とのことが悩みの種。彼女はある日、魔が差して会社の金を持ち逃げしてしまいます。不安と焦燥感からひたすら車を飛ばし、郊外の見知らぬモーテルに辿り着いたマリオン。
心身ともに疲れ切ったマリオンは一晩だけモーテルに泊まることにするのですが、彼女を迎えてくれたのは宿主のナイーブな青年ノーマン(アンソニー・パーキンス)でした。
見どころ
犯行に及ぶ際に流れるストリングスの神経質な響きは、今や多方面で使われパロディ化されていますが、本家『サイコ(1960年)』の恐ろしさは未だ色褪せることがありません。映画の前編と後編でガラッと舞台や主人公が変わる構成も、ヒッチコック監督お得意の手法です。
今でこそ異常殺人ものはジャンルとして珍しくありませんが、有名なシャワーの惨殺シーンと相まって、当時センセーションを巻き起こしました。ラストで分かる真犯人の衝撃をぜひ味わってみて下さい。
ロープ【1962年】
あらすじ
晩にパーティーが開かれる上品なアパートで、大学生のブランドン(ジョン・ドール)とフィリップ(ファーリー・グレンジャー)の2人はロープを使って友人デイヴィッド(ディック・ホーガン)を絞殺します。この殺人は「優秀な人間は、劣っている人間を殺害しても罪ではない」という偏った考えを立証したいだけの身勝手なものでした。
遺体を大きな箱に隠し、その上にキャンドルや食事を並べて客人をもてなそうと準備を始めたブランドンとフィリップ。パーティーが始まり続々と客人が集まる中、なかなかやって来ないデイヴィッドを皆が心配し始めます。
見どころ
物語の冒頭で犯人とその犯行が明かされているので、観客は犯行がバレてしまうのかどうなのか、最後までハラハラしながら鑑賞することに。人気テレビドラマシリーズ『古畑任三郎(1994年)』と同じ手法と言えるでしょう。
特筆すべきは、映像の全てがノーカットに見えるよう撮影されている点で、大変ユニークです。地味な印象を与えがちな本作ですが、ヒッチコック監督作品に何本も出演しているジェームズ・スチュワートが主役を務める名作のひとつ。
マーニー【1964年】
あらすじ
勤めた先で盗みを働き、職を転々とする美女マーニー(ティッピー・ヘドレン)。マーニーが新たに働き始めた会社の社長マーク(ショーン・コネリー)は、彼女の盗癖に薄々気づいていましたが、その美貌から次第に惹かれていきます。
2人の距離が近づくにつれ、赤、嵐、男性に過剰に反応するマーニーの過去に何か秘密があるのではないかと気になり始めたマーク。その後マークはマーニーにプロポーズするのですが…。
見どころ
学者フロイトの心理分析を使った異色のラブストーリーです。トラウマから来る異常行動や、アダルトチルドレン的な世界観が物語の中心となっていて、ヒッチコック監督の先見性を感じさせます。
先頃、主演のティッピー・ヘドレンが製作中にヒッチコック監督から受けた仕打ちを暴露し話題になりました。それを踏まえた上で鑑賞すると、2人の関係性と作品に関連を感じてしまうという、ユニークな立ち位置の映画でもあります。007シリーズでブレイク中だったショーン・コネリーが、珍しくヒッチコック監督作品に出演している点にも注目。
最後に
古き良きハリウッドを支えた王道でありながら、ブラックユーモア満載の異色のサスペンス映画を手掛けてきたアルフレッド・ヒッチコック監督。本人の個性も強烈で、自身の作品にカメオ出演することでも有名です。作品内でいつご本人登場となるのか、隅々まで鑑賞するのも彼の映画の醍醐味の1つと言えます。
単調な日常に飽きてしまったら、今回ご紹介したサスペンス映画でキレッキレの非日常を少しだけ味わってみてはいかがでしょうか。
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