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多言語映画のススメ【東アジア編】『グッド・バッド・ウィアード』

国境が密接に入り組んでいるヨーロッパと違って、東アジアには広大な領土を持つ中国があり、日本は島国であって国境線を身近に感じることがありません。そんな東アジアを舞台に、キャストが複数の国の言葉を操った多言語映画に欠かせない要素に「満州」という土地があります。現在の中国東北部で、さまざまな理由で多民族が集っていた東アジアでは珍しい地域です。

今回は1930年代の満州を舞台にした韓国映画『グッド・バッド・ウィアード(2009年)』を取り上げて、多言語映画の楽しみ方をご紹介します。

グッド・バッド・ウィアード【2009年】

IFC Films YouTubeチャンネルより

韓流ホラーの傑作『箪笥(2004年)』やイ・ビョンホン主演のフィルム・ノワール『甘い人生(2005年)』で知られるキム・ジウン監督が、大規模なロケを敢行した韓国式ウエスタン、それが『グッド・バッド・ウィアード』です。

原題は『좋은 놈, 나쁜 놈, 이상한 놈』で、直訳すると「良い奴、悪い奴、変な奴」。"良い奴"=懸賞金ハンターのパク・ドウォンをチョン・ウソン、"悪い奴"=馬賊団頭領のパク・チャンイをイ・ビョンホン、"変な奴"=列車強盗犯のユン・テグをソン・ガンホが演じています。

グッド・バッド・ウィアードのあらすじ

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1930年代の満州を舞台に、1枚の宝の地図を巡る争奪戦が広大な中国の砂漠で繰り広げられます。その地図が示すものは清国の遺産か日本皇室の宝物の在り処か?偶然にも地図を手に入れてしまった列車強盗犯のユン・テグ(ソン・ガンホ)は、テグと過去に因縁のある馬賊団の頭領パク・チャンイ(イ・ビョンホン)に追われることになります。

同時に懸賞金ハンターのパク・ドウォン(チョン・ウソン)が、賞金首のチャンイを追うという三つ巴の戦いが始まります。そこへ地図を狙う朝鮮独立軍と日本軍も参戦し、ますます混迷を呈する状況に。果たして宝の地図を手に入れるのは誰か、宝とは一体何なのでしょうか。



【時代背景】日本統治時代の朝鮮

物語の時代設定は1930年代。ということは朝鮮の歴史ではちょうど「日本統治時代」ということになります。主人公の3人は朝鮮半島からそれぞれの理由で満州に来ています。ドウォンはより懸賞金の高いチャンイを追って、チャンイは"最高"の称号を手に入れるため、そしてテグは過去の自分から逃れるため。

日本が大韓帝国を併合し、朝鮮総督府を設置して統治を始めたのは1910年です。その後終戦の1945年までの35年間、朝鮮半島は日本の統治下に。日本化政策・植民地化に抵抗する抗日運動も激化していき、独立運動家たちは満州や沿海州に逃れて運動を続けていました。

劇中テグが日本語を理解していて「出てけ」と日本語で言う場面もあり、当時日本語教育が行われていたという背景も見え隠れします。テグは中国語も話しますが、ドウォンとチャンイは朝鮮語しか話していません。

後半には宝の地図を追って日本軍も登場しますが、1930年代には朝鮮半島は満州へ進出する日本軍の拠点としても統治強化されていました。「満蒙は日本の生命線」とまで言われていた当時、その足がかりとなる朝鮮半島は日本軍にとって非常に重要な土地だったわけです。

【ロケーション】1930年代の満州

満州と呼ばれた土地は現在では中国東北部にあたり、遼寧省、吉林省、黒竜江省、そして内モンゴル自治区東部までを含んでいた地域です。1931年の満州事変をきっかけに、1932年に清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀を国家元首とした日本の傀儡国家「満州国」が建国されました。

その当時満州国と国境を接していた国は中華民国、モンゴル人民共和国、ソビエト連邦、日本統治時代の朝鮮で、公用語は先住民族の満族が話す満語、モンゴル語、日本語、ロシア語でした。建国理念は日本人、漢人、満州人、朝鮮人、モンゴル人の「五族協和」。しかし日本軍支配の元、理想と現実は大きくかけ離れたものとなってしまいました。

テグ、チャンイ、ドウォンの3人が集まった満州というところは、そんな複雑な多民族国家が形成された土地だったのです。

【民族構成】新天地・満州に集う人々

満州の民族構成は先述の通りですが、公用語にはロシア語も入っています。ソビエト連邦と国境を接していたため、当時満州にはロシア人も多く住んでいました。満州に住んでいた日本人は、主に国策で推奨された「満蒙開拓団」として渡満してきた人たちです。当時はみな新しく広い土地に希望を抱いて渡ってきていました。そして朝鮮半島からは自由を求めて朝鮮人が集い、先住の中国人やモンゴル人と共生していました。

多民族が集うと街は各国言語が入り乱れ、それぞれの文化が混在します。満州の主要都市だった奉天・大連・哈爾浜などの街の看板にはロシア語や中国語、日本語の文字が混じり合っていました。『グッド・バッド・ウィアード』にも、中国人の頭領と朝鮮人の副頭領を持つ馬賊団「三国派」が登場しますが、その民族構成は朝鮮人・モンゴル人・ロシア人・中国人と実に国際的です。

【見どころ・聴きどころ】おいしいところは全て変な奴がかっさらう

本作冒頭の帝国鉄道のシーンは、この作品のごちゃ混ぜ感を端的に表しています。売り子が中国語で餅や飴を売り歩く列車内は、反日朝鮮人を捕える日本帝国軍人や中国人、日本人乗客の姿も見えます。

その中をかき分けてテグが三等車から一等車へ突き進んでいきます。もちろん狙いはVIPルームで盗みを働くこと。そこには日本軍人と東洋銀行総裁の金丸がいました。実は宝の地図を持っていたのは金丸で、テグはそんな地図とは知らず盗みついでにそれを持って行ってしまいます。

どうやら強運の持ち主であるテグ。劇中おいしいところはすべて持って行ってしまう"変な奴"に注目して見どころ・聴きどころのシーンをご紹介します。

盗品の闇市の多国籍感がすごい!

テグが地図の正体を掴むためにやってくる盗品の闇市は、それこそ様々な国の品物があふれていて無国籍な世界観です。どデカイ大仏があればゾウやラクダも通る闇市にある家で、テグの仲間マンギル(リュ・スンス)が地図を辞書片手に解読しますがロシア語に苦戦。どうも何かが大量に埋蔵されているということは突き止めます。

しかしそこでチャンイの一味に襲われて街もめちゃくちゃにするほどの大乱闘に!テグのコミカルな逃げっぷりとドウォンのかっこいいガンアクションは作中一の見どころです。

バイタリティの塊!混迷の時代を生き抜くユン・テグのしたたかさ

冒頭シーンでも中国語・日本語・朝鮮語を話していたテグですが、盗みのためか必要にかられて言語を習得している様子がうかがえます。どんな状況でも活路を見出すテグのようなバイタリティの強さは、混迷の時代を生き抜くためには絶対不可欠なのです。

賞金首としてドウォンに捕まると、中国人のフリをして逃れようとしますが蹴られて思わず朝鮮語が出てしまうテグ。いつも飄々としていてユーモアたっぷりなところが愛らしいキャラクターです。中国語の話し方がなぜか可愛らしいのも聴きどころの1つ。

とはいえ実はテグはそのとぼけた顔の下に、もう1つの恐ろしい顔も持っているのですが…。それこそがこのキャラクターの持つしたたかさを表しています。テグの秘密と宝の謎は、観てからのお楽しみ!

【まとめ】広大な土地をかける男たちのロマン

韓国映画『グッド・バッド・ウィアード』は、1930年代の多国籍な満州という土地を舞台にして「キムチ・ウエスタン」と呼ばれる新ジャンルを開拓しました。多民族が一ヶ所に集うとこんなにも面白く物語が展開するのかと驚かされる一方、「満州」のような複雑な土地が存在していたことに興味が尽きません。

しかしそんな政治色は抜きにして、この作品はただ純粋に、広大な土地を夢をかけて疾走する男たちのロマンを追った娯楽映画として楽しめるところが、1番のおすすめポイントです。

最後に

満州を舞台にした作品は他にもまだまだもあります。日本映画では2017年に公開された『ラストレシピ 〜麒麟の舌の記憶〜』が記憶に新しいところ。満州に渡った料理人を演じた西島秀俊がロシア語・中国語も見事に操っています。またアジア圏合作としては、2018年2月公開の中国映画『マンハント』も興味深い作品です。福山雅治がチャン・ハンユーとW主演で共演し、英語・中国語・日本語が使われています。

アジア圏の作品でも多言語が話せる俳優がキャスティングされる傾向は、近年増えてきていると思います。今後はもっとバラエティに富んだ作品が、国を超えて作られるのではないかと期待しています。

参考資料:「HOT CHILI PAPER」2008年9月号 vol.48