さらに、これらの実在の人物や事件にフォーカスした作品から、アメリカの犯罪史の変遷を考察していきたいと思います。アメリカという国を形成してきた裏の顔を映画から知るのもまた面白いかもしれません!
目次
ギャング・オブ・ニューヨーク【2002年】
あらすじ
1864年のニューヨーク、ファイブ・ポインツ地区では住民集団の支配権争いが続いていました。アメリカ生まれの集団「ネイティブ・アメリカンズ」に対抗するため、アイルランド系移民は「デッド・ラビッツ」を結成します。
リーダー同士の決闘で父親を殺されたアムステルダム(レオナルド・ディカプリオ)は、仇のビル・ザ・ブッチャー(ダニエル・デイ=ルイス)に復讐を誓い「ネイティブ・アメリカンズ」に潜入。しかしそこでビルの元情婦ジェニー(キャメロン・ディアス)と恋に落ちてしまいます。
見どころ
マーティン・スコセッシ監督が長年温めてきた念願の企画が、19世紀のニューヨークに生きた移民たちの物語『ギャング・オブ・ニューヨーク』。発想の元となったのはハーバート・アズベリーの同名著書で、100年にわたってニューヨークのギャング社会について綴られたノンフィクションです。
ギャング団の誕生
ネイティブ・アメリカンズはプロテスタント、デッド・ラビッツはカトリックを信仰しており、民族・宗教的対立が先住民と移民の抗争を生んでいたことがわかります。そしてこれがギャング団の誕生につながっていくのです。
マンハッタン島に先に住み着いたイギリス系移民がWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)であり、ネイティブ・アメリカンズです。つまり先住していた移民たちが現在のニューヨークの街と白人至上主義を、後からきた移民たちが多民族国家アメリカを形成していったことを、この作品から知ることができます。
明日に向かって撃て!【1970年】
あらすじ
開拓時代も終わろうとしていた1890年代の西部で、銀行や列車強盗を続けていたブッチ・キャシディ(ポール・ニューマン)とサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)。ブッチには資源豊富なボリビアへ渡る夢があり、スペイン語が話せる教師エッタ・プレイス(キャサリン・ロス)と3人で南米を目指します。
見どころ
『明日に向かって撃て!』は原題を『Butch Cassidy and the Sundance Kid』といい、実在した列車銀行強盗犯ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドを主人公にしています。西部開拓時代から現代史への転換期に活動したアウトローとして有名な2人組です。
西部開拓時代の終焉
ブッチは元々は無法者集団「ワイルド・バンチ」のリーダーで、サンダンスを途中で加入させました。ロッキー山脈にあった「壁の穴」と呼ばれた隠れ家から銀行や列車を襲撃したといわれています。ボリビアに渡ったのは20世紀初頭。結局彼らはそこでも強盗を続け、警察との銃撃戦で物語は幕を閉じます。
伝説となった2人には生存説もありますが、銃撃によって死亡したのは1908年とされています。ブッチとサンダンスは西部開拓時代の終わりを告げるアウトローであり、1914年の第一次世界大戦突入とともにアメリカのフロンティア精神は新時代を迎えることになります。
アンタッチャブル【1987年】
あらすじ
禁酒法が制定されて10年を経た1930年、アル・カポネ(ロバート・デ・ニーロ)は禁酒法を悪用した酒の密造と密輸でギャングのボスにのし上がり、シカゴを牛耳っていました。政府から派遣された財務省のエリオット・ネス(ケビン・コスナー)は、シカゴ市警と協力して密造酒摘発で動き出します。
見どころ
1920年代のシカゴを牛耳っていたアル・カポネ。警察や裁判所さえも買収するギャングのボスを脱税の容疑で逮捕したのが、財務省の特別捜査官エリオット・ネスでした。本作は、この実在の捜査官が率いたチーム「アンタッチャブル」とカポネとの闘いを描いています。
禁酒法とギャングの台頭
禁酒法とは1920年から1933年に施行された国の法律で、消費のための酒類製造や販売、輸送を禁止するものです。政治や宗教的な観点から広まった禁酒運動によって制定にこぎ着けましたが、逆に違法酒場やカポネのようなギャングの密造密輸を増やし「世紀の悪法」とも揶揄されました。
アル・カポネはニューヨーク生まれのイタリア系アメリカ人で、1920年にシカゴへ拠点を移しています。瞬く間にシカゴギャングの中でも出世頭となったカポネは、1926年には組織のトップに立ち、酒の密売と権力の買収で街を実質支配して「暗黒街の顔役」となっていきました。
禁酒法とそれに伴うギャングの抗争で、シカゴでも多くの警察官やギャング、そして市民までもが犠牲になったといいます。ロバート・デ・ニーロ演じるアル・カポネの不敵な態度も実に印象的で、ギャングに支配されたシカゴ市民たちの戦々恐々とした様子が描かれています。
俺たちに明日はない【1968年】
あらすじ
刑務所帰りのクライド・バロウ(ウォーレン・ベイティ)は、盗む車を物色していたところでボニー・パーカー(フェイ・ダナウェイ)と出会います。すぐに惹かれあった2人は車を盗んで銀行強盗を働くように。そして仲間も加わり「バロウ・ギャング」強盗団として新聞に報道され有名になっていきます。
見どころ
原題の『Bonnie and Clyde』が示す通り、1930年代初頭にテキサス州を荒らした実在の銀行強盗犯ボニー&クライドが主人公。2人の出会いから衝撃的な死を描いたアメリカン・ニューシネマの傑作です。
大恐慌時代の闇
30年代は世界恐慌による不景気で荒んだ時代。底辺の生活を余儀なくされた人々は、権力に抗う義賊的なアウトローとして彼らを歓迎した風潮もあったようです。実際作中には、銀行に押し入ったクライドが市民の金には手をつけないといった場面や、銃撃で負傷したボニーたちの車を取り巻いて心配そうに様子を伺う人々も登場しています。
逃走するバロウ・ギャングたちと警察とのカーチェイスでは、30年代のクラシック・カーの数々を見ることができます。特に2人が逃走のため盗み、最期を遂げたフォードV8は当時最新最速の大衆車。フォードが心血注いで開発した庶民のための車が、その加速力で犯罪者の逃走に役立っていたというもの皮肉な話です。
1934年5月23日、ルイジアナ州警察とテキサス・レンジャーによって待ち伏せを受けたクライドとボニーは、機関銃の連射を浴びて絶命。ボニーとクライドの物語は、ボニーが創作して新聞社に送った詩のように後世に残る語り草となったのです。
パブリック・エネミーズ【2009年】
あらすじ
1930年代初頭の大恐慌時代、ジョン・デリンジャー(ジョニー・デップ)は権力を嘲笑うように大胆な手口で銀行強盗と脱獄を繰り返し、ついにFBIに「社会の敵No.1」として指名手配されます。そんな中、デリンジャーはビリー・フレシェット(マリオン・コティヤール)という恋人を得ますが、捜査の手は確実に迫っていました。
見どころ
ちょうどボニーとクライドがルイジアナ州で銃撃を受けた2ヶ月後、同じく当時、義賊と民衆にもてはやされた犯罪王ジョン・デリンジャーがFBI捜査官に射殺されました。『パブリック・エネミーズ』はデリンジャー・ギャングとFBIとの戦いを描いています。
ダークヒーローとしてのギャング
デリンジャーを全国指名手配したのは、FBI初代長官のジョン・エドガー・フーヴァー。デリンジャーが州をまたいで逃亡したことから、複数の州に渡る広域犯罪に対処するためにFBIの前身機関が改革され、現在のFBI組織が新創設されたばかりでした。
こう考えると皮肉なことに、大衆が味方した犯罪王を倒したことでFBIの権威を引き上げることになったわけです。しかしブッチとサンダンス、ボニーとクライド同様、デリンジャーもまた権力と戦ったアウトローとして伝説になっています。義賊的な犯罪者に憧れを抱く風潮があるのも、アメリカの国民性の特徴かもしれません。
L.A.ギャングストーリー【2013年】
あらすじ
舞台は1949年のロサンゼルス。ミッキー・コーエン(ショーン・ペン)は、麻薬・銃器取引や賭博・売春で名を挙げ、政治家や警察を買収して街を実質的に支配していました。そんなコーエンの帝国を根底から破壊する任務についたのが、オマラ巡査部長(ジョシュ・ブローリン)が選んだ極秘チーム「ギャングスター・スクワッド」。ウーターズ巡査部長(ライアン・ゴズリング)を筆頭にロス市警のはぐれ者ばかりで結成された部隊は、ギャングさながらのゲリラ戦でコーエンを追い詰めていきます。
見どころ
邦題を見るとロスの街を支配した実在のギャングであるミッキー・コーエンが主人公のように感じますが、この作品は原題の『Gangster Squad』が示す通り、コーエンと戦ったロス市警「ギャング部隊」の物語です。
大都市を蝕むギャングと権力の癒着
原作となったのは1940〜50年当時のロサンゼルスの街を描いたノンフィクション作品で、映画化にあたり「ロサンゼルス・タイムズ」の連載記事をまとめたものです。まだ第二次世界大戦後間もない時代で、オマラも兵士として戦地で戦ったことを劇中語っています。「"天使の街"ロスで平穏に暮らすために戦地で戦った、そして今はギャングから守るために戦う」と。
ミッキー・コーエンはニューヨーク生まれロサンゼルス育ちのユダヤ系ギャングで、10代のころはプロボクサーを目指していました。ギャングの世界に入ったのはシカゴで、アル・カポネに憧れを抱いていたようです。ロスに戻りバグジー・シーゲルの下で働くようになります。映画とは違い、実際はカポネ同様脱税の罪で実刑判決を受けています。
ニューヨークで発生したギャング集団は、20年代の禁酒法時代や30年代の恐慌時代、40年代の大戦時代を経て、シカゴやロスなどの都市部に根を張り、50年代にもなると政治や警察との癒着を持って悪徳栄える街を形成していったのです。
逃亡者【1993年】
あらすじ
シカゴ記念病院に勤める外科医リチャード・キンブル(ハリソン・フォード)は、ある日突然、妻ヘレン(セーラ・ウォード)の殺人容疑で逮捕されてしまいます。裁判でも無実を証明することはできず、死刑判決を受けるのでした。しかし刑務所へ護送される途中、ほかの囚人の逃亡に乗じて逃走。連邦保安官補ジェラード(トミー・リー・ジョーンズ)の執念の追跡の中、真犯人を追う覚悟を決めます。
見どころ
1993年公開の映画『逃亡者』は、1960年代に人気を博したテレビドラマ『逃亡者』を元にリメイクした作品です。妻殺しの冤罪を晴らすため、逃亡しながら真犯人を探すというクライム・サスペンスの要素も持っています。
全米が注目した冤罪事件
ドラマ版『逃亡者』の元になっている冤罪事件が、1954年に起きた「サム・シェパード事件」です。サム・シェパードは、自宅で妻マリリンを殺されたオハイオ州の医師。しかし警察はサムを容疑者として逮捕し、裁判では終身刑の宣告を受けました。
ドラマや映画のように逃亡して真犯人を探すことはありませんでしたが、再審中に脚色して放送されたドラマにより、事件は世間の注目を集めました。そして1966年の再審でサムは無罪を勝ち取っています。
アメリカ現代史に存在する冤罪事件の中でも有名であり、警察組織やマスコミ・世論の闇を感じられる事件です。ずさんな捜査と無責任な世論で有罪となり、また興味本位な世論により無罪となったわけです。
ブラック・スキャンダル【2016年】
あらすじ
1970年代のサウスボストン。その一帯で地元アイルランド系ギャングとしてイタリア系マフィアと抗争を繰り広げていたジェームズ・"ホワイティ"・バルジャー(ジョニー・デップ)は、互いの利害が一致するFBI捜査官ジョン・コノリー(ジョエル・エドガートン)から密約を持ちかけられます。それはFBIに敵の情報を売ること。FBIの後ろ盾を持ったバルジャーは、弟で政治家のビリー(ベネディクト・カンバーバッチ)とも手を組んで街を思うままに操るようになります。
見どころ
『ブラック・スキャンダル』はFBI史上最悪の汚職事件ともいわれる、FBIとギャングと政治家の癒着を告発した実録クライム映画です。「ボストン・グローブ」紙の記者ディック・レイアとジェラード・オニールがスクープした記事によって驚愕の事実が明らかになりました。原作はその記事をまとめた著書「密告者のゲーム−FBIとマフィア、禁断の密約」です。
暴走する裏社会と権力者
バルジャー兄弟とジョン・コノリーの3人はサウスボストン出身の幼馴染み。3人の癒着は、バルジャーをボストン一の犯罪王、ビリーをマサチューセッツ州議会上院議長にまで押し上げていきました。サウスボストン、通称「サウシー」は善悪の境界があいまいな街として知られ、警官とギャングの兄弟など珍しくないといいます。
フィクション作品だとイタリアン・マフィアの成り立ちについては『ゴッドファーザー(1972年)』も参考になりますが、特に『ディパーテッド(2007年)』はサウシーを舞台にした潜入捜査官の物語で、バルジャーをモデルにしたギャングのボスも登場しています。
FBIはそれまで公式にマフィアの存在を認めていなかったものの、FBIの初代長官ジョン・エドガー・フーヴァーが去った後、イタリアン・マフィアの台頭が問題化していました。『ブラック・スキャンダル』は、70年代に入ってFBIが本腰を入れてマフィア浄化に乗り出したころの状況を描いているのです。
フェイク【1997年】
あらすじ
ニューヨークのイタリアンマフィア5大ファミリーの一大勢力であるボナンノ・ファミリーへの潜入を命じられたジョー・ピストーネ(ジョニー・デップ)。彼は宝石窃盗のドニー・ブラスコと名乗り、階級の末端にいたレフティ・ルギエーロ(アル・パチーノ)と接触します。そしてレフティと組んで着実にファミリー内でもFBI内でも仕事をこなしていくピストーネ。しかしそんな偽りの二重生活に疲れ、苦悩するようになります。
見どころ
ジェームズ・"ホワイティ"・バルジャーがFBIとつるみ始めた1970年代中ごろ、FBI捜査官ジョー・ピストーネがドニー・ブラスコと名を変え、イタリアン・マフィアに潜入しました。その潜入捜査の回想録を「フェイク−マフィアをはめた男」として出版、映画『フェイク』はこれを原作としたクライム・アクション作品です。
あいまいで脆い善悪の境界線
FBIがニューヨークのイタリアンマフィアの麻薬販売ルート摘発に力を入れ始めた70年代と、ファミリー同士の抗争の様子をうかがい知れる作品です。また、マフィア潜入捜査という厳しい任務を全うしたピストーネの実話から、善悪の境界は脆く、表裏一体だと実感します。
1969年にFBI潜入捜査官となったピストーネは、その後ボナンノ・ファミリー潜入に志願したといいます。ファミリー同士の抗争が激化したため、1981年に6年間に及ぶ潜入捜査から撤退しました。
FBI退職後は映画・テレビのプロデューサーやコンサルタントをしているそうです。よく元犯罪者がその道のコンサルタントになって成功する話もありますが、こういった二面性を有効活用するという点では、つくづくアメリカの懐の深さに驚かされます。
バリー・シール アメリカをはめた男【2017年】
あらすじ
民間航空会社に勤めるバリー・シール(トム・クルーズ)は天才的な操縦技術を持ったパイロット。しかしある日CIAからスカウトされ、中南米への偵察機パイロットとして極秘作戦に加わることになります。その一方で密かにコロンビアの麻薬カルテルとも取り引きし、大量のコカイン密輸も請け負っていました。CIAの黙認も追い風となり、大金を手にしたシールは暴走していきます。
見どころ
嘘みたいな本当の話『バリー・シール アメリカをはめた男』は、1970年代中期からの10年間、麻薬と銃器の密輸を行ったバリー・シールの破天荒な人生に迫ったクライム・アクションです。ぶっ飛びすぎてコメディの要素がないとついていけないほど、とんでもない実話なのです。
銃と麻薬の国アメリカ?
その当時のレーガン政権はコカイン撲滅を目指していましたが、皮肉なことにシールがせっせと国内に大量のコカインを運び込んでいたわけです。80年代はアメリカ国内でコカイン中毒が問題視され始めた時期です。シールはその原因の一端を担っていたということになります。
またレーガンは強硬な外交政策を打ち出し、共産主義化が進むニカラグアを危険視して「イラン・コントラ事件」を起こします。当時敵対していたイランに武器を売り、その代金でニカラグアの親米反共ゲリラ「コントラ」を援助していたという政治スキャンダルです。実はこの事件に一枚噛んでいたのもシール!アメリカ政府の依頼でコントラに銃器を密輸していたのです。
この作品は現代のアメリカの闇を凝縮したような1本です。政府が密かに国家的な犯罪を指示し、矛盾に満ちた政治が行われ、麻薬が蔓延する国内では中毒者が増加。共産主義を叩くためには銃器密輸もいとわない!大統領が変わっても、基本的には現在もこのスタンスは変わっていないのでは?
多くの犠牲と闇を抱えてきたアメリカ裏社会
ニューヨークの覇権争いから西部のフロンティア精神、そして世紀の悪法「禁酒法」と世界大恐慌の時代を経て、現代に続くアメリカを形成し支えてきた最底辺の土台は、紛れもなく裏社会で暗躍してきたアウトローや犯罪者たち。
ギャングの抗争や警察組織の汚職と癒着、銃器売買や麻薬ビジネスなど切っても切れない悪の連鎖があるのも、また事実。多くの犠牲を払って、闇を抱えたまま生きてきた裏社会の人々がいたということも、これらの作品で知ることができました。アメリカではなぜ銃に対する信仰が根強いのか、そしてなぜ麻薬がなくならないのか、その答えがここにあるような気がします。
最後に
クエンティン・タランティーノ監督が、1969年に起こった「シャロン・テート殺害事件」を題材にした作品を手がけるようですが、これもまたアメリカ社会の暗部を教えてくれるクライム・アクション映画になるのではないでしょうか?今後も機会があれば、ぜひ90年代以降の社会を描いたクライム映画にも触れていきたいと思います。
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