今回は『ブレードランナー』と『ブレードランナー 2049』の新旧2作品に描かれているロサンゼルスの多文化社会を比較して、なぜこの2作品を同じ線状の未来にきちんと描くことができたのかを考察してみたいと思います。
ブレードランナー 2049映画公式Instagramアカウント(@bladerunnermovie)より
一般的な多文化社会のイメージって?
映画の中に描かれる多文化社会というと、一体どんなイメージが湧くでしょうか?多民族が入り混じっている様子や街の景観が多文化的など、様々な映像が思い浮かびます。
では多民族が入り混じっている街と言えば、まず思い出すのはどこでしょう?アメリカでは、やはりニューヨークかもしれません。
人種のるつぼとサラダボウル
ニューヨークは「人種のるつぼ」と言われた多民族・多文化の街です。20世紀初頭から世界各国の移民たちがニューヨークを目指してやって来ました。るつぼと言うと完全に多民族が溶け合っている感じですが、「人種のサラダボウル」という表現も生まれ、より多文化社会に近いニュアンスが好まれるようになってきていました。サラダの野菜のように、それぞれの良さをお互いが引き立てている状態ですね。
そんな移民の国アメリカも、トランプ大統領の反移民政策によって大きな転換期を迎え、皮肉なことに多民族国家アメリカのアイデンティティが揺らぎ始めています。
ロサンゼルスという街
では『ブレードランナー』の舞台となったロサンゼルスはどんな街なのでしょうか。ニューヨークは東海岸一の街、そしてロサンゼルスは西海岸一の街として有名です。
ロサンゼルスは昔からアジア系移民を労働力として多く受け入れてきた街であり、リトルトーキョーやチャイナタウン、コリアタウンなど各民族ごとのコミュニティも発展してきました。また元々はスペインの占領地であり、メキシコからの移民も増えたためヒスパニック系も多く、今やスペイン語人口は4割を超える勢いです。
『ブレードランナー』での多文化社会の描かれ方
オリジナルの『ブレードランナー』が公開されたのは1982年。この時代のロサンゼルスは、すでにアジア系やヒスパニック系が入り混じったサラダボウルのような街になっていました。
そして『ブレードランナー』も近未来を描いていながら、当時のロスの街を凝縮したような同一線上の未来都市を創造しています。
ブレードランナー 2049映画公式Instagramアカウント(@bladerunnermovie)より
「強力わかもと」の看板が目に染みる
『ブレードランナー』のロスの街には、様々な言語の看板が並んでいます。その中でもひときわ目を引くのが「強力わかもと」のネオン看板!意味ありげに何度も登場します。日本語が至るところに目につくので、否が応でも日本の影響が伺えますね。
近未来の世界観を完璧に描いた美術監督のシド・ミードのイメージボードを元に、リドリー・スコット監督は暗くとも華やかに、多言語のネオンに彩られたロスの街を作り上げました。街のセットには多くの建設物が作られ、足りない部分は以前使われていた西部劇のセットから持ち込まれたものもあったといいます。
雨とスモークの多用、そして夜間の撮影が多かったのは、寄せ集めたセットの出来の悪さを軽減するためだったようです。しかしそれが逆にあのごちゃ混ぜの不思議な未来感を出し、ミステリアスな多文化の街をフィルムノワールの世界に押し上げたわけですね。
当時の世情を反映するネオンの数々
スモークの中でも光り続けるネオンにはやはり日本語が目立ちますが、よくよく読んでみるとおかしな日本語がたくさん!「ゴルフ用品」というネオンはなんと「ゴルフ月品」になっています。漢字やひらがなは欧米人には難しいとは言いますが、間違いだらけの日本語もなぜかごちゃ混ぜの風景に溶け込んで、街の景観に不思議感を増幅させました。
レプリカントの眼球を作る技師ハンニバル・チュウ(ジェームズ・ホン)の「冷凍ラボ」は、なんと本物の冷凍室で撮影されました。その入口には中国語で「アメリカ人お断り」と書いてあります。多文化社会での民族間衝突が絶えなかった80年代、こんなところにもこっそり当時の世情を取り込んでいたのでしょうか。
驚くべきことに、この作品ではCGは一切使われていないそうです。特殊撮影技術によってすべての未来の景色を作り上げました。しかしそこまで苦心して完成した『ブレードランナー』の当時の興行成績や批評は低かったのも事実。あまりにも暗く悲惨な近未来像はリアルすぎて、80年代の人々が賞賛できなかったのもわかります。今、時代がようやく追いついてきたようです!
『ブレードランナー 2049』の多文化社会はどう変化したか
ブレードランナー 2049映画公式Instagramアカウント(@bladerunnermovie)より
オリジナルから35年を経て、満を持して製作された続編『ブレードランナー 2049』。あれからロスの多文化社会はどのように変わったのでしょうか?
リドリー・スコット監督は故郷のイギリスの悪天候を参考に、作中のロスを"霧と雨と煙の街"として描き出しましたが、続編でドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は故郷カナダの悪天候を参考にしたそうです。『ブレードランナー 2049』の世界では雪と雨が冷たく降り注いでいます。そう、気候的にもかなり寒冷な土地に変化しているようです。
また、ロス郊外のサンディエゴやラスベガスには砂の世界が広がり、環境汚染と爆弾で砂漠化が進んでいる様子も描かれています。ますます地球の環境は悪くなっているという設定!来たるべき遠くない想像の未来に、現代の私たちはどう反応するべきでしょうか?
ロシアと韓国の台頭
オリジナルと同じ線状にある近未来を描くために、ヴィルヌーヴ監督はやはりロスの街を雨と霧の多文化社会として再登場させました。闇に輝くネオンも健在!日本語が多いのも前作通りですが、なんと言っても続編で目を引いたのはロシア語と韓国語です。
繁華街「ビビのバー」には相変わらずアジア系民族が往来していますが、主人公K(ライアン・ゴズリング)に話しかける娼婦たちはロシア語らしき言葉を話しています。また、冒頭の郊外農場にもロシア語を見かけました。街の大通りを舞う巨大なバレリーナのホログラフィー広告も、ロシアのものと思われます。
そう言えばオリジナルの繁華街でデッカード(ハリソン・フォード)がヌードルを食べていたのを思い出しますが、続編ではKが寿司を食べていた様子。屋台はなくなり、代わりにいろいろな食べ物を売る自動販売機がズラッと並んでいます。
ハングルはおそらくオリジナルには登場していないと思うのですが、続編に登場するラスベガスにあるカジノホテルの看板に「ヘンウン」と書いてありました。ヘンウンはラッキーという意味で、そこにはデッカードが隠遁しています。ラスベガスにも韓国企業が進出しているという設定だとしたら、なかなか細かい!
1982年から2017年の間にロスの街も刻々とその多文化の有り様に広がりを見せ、その世情も反映されているようですね。
ブレードランナー 2049映画公式Instagramアカウント(@bladerunnermovie)より
「シティスピーク」の重要性
前作でデッカードとレイチェルを逃した捜査官ガフ(エドワード・ジェームズ・オルモス)は無国籍な風貌で、オルモスが創造した「シティスピーク」という新言語を作品中で話していました。もちろんシティスピークは続編にも登場しています。この謎の言語がよりごちゃ混ぜの多文化的なイメージを作り出すことに成功しているのは、言うまでもありません!
オルモスは多民族が住むロスの街ならではの特有の言語があることは、まったく不思議なことではないと考えていました。シティスピークは日本語やドイツ語、スペイン語やエスペラント語もミックスして作り出したそうです。それぞれの良さを取り入れて活かす、これこそが多文化の醍醐味です。
総括
こうして考察してみると、いかに続編がオリジナルに敬意を払って見事に世界観を踏襲しているかが目立ちます。ロスの街を見比べるだけでも数々のオマージュが見受けられます。オリジナルで描かれた多文化社会の造形を壊すことなく、さらに発展させてみせたヴィルヌーヴ監督。ロスを離れて、サンディエゴやラスベガスまでを広範囲に描き出し、『ブレードランナー』の世界観をより広げていくことにも成功しました。
オリジナルの舞台は2019年、続編はそこから30年が経った2049年という設定です。たった30年で民族はより多岐に、環境はより過酷になっている様子が描かれています。これが本当の未来にならないことを願いつつ、多文化社会には希望を持ちつつ、再度両作を見比べてみると、新たな未来への答えが見つかるかもしれません。
参考資料:『デンジャラス・デイズ:メイキング・オブ・ブレードランナー』、『ブレードランナ― 2049』劇場用パンフレット
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