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映画版「風の谷のナウシカ」では触れられなかった設定を解説!腐海って?王蟲って?

風の谷のナウシカ

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1984年に公開された映画「風の谷のナウシカ」には、宮崎駿監督の描き下ろした原作漫画があることは有名です。そんな原作漫画は全7巻。その内、映画版の風の谷のナウシカは2巻分。序章しか映画では語られていないのです。それだけに映画では明らかにされなかった設定やトリビアが盛りだくさんあるのですが……今回はそこを解説していきます!

腐海(ふかい)や王蟲(おうむ)とは一体どんな存在だったのかをはじめ、風の谷のナウシカを深く理解したい方はぜひご覧ください!

「風の谷のナウシカ」の世界観

風の谷のナウシカの舞台設定は、旧人類が「火の7日間」と呼ばれる大戦争により滅亡してから約1,000年後の世界です。世界には「瘴気(しょうき)」と呼ばれる有毒ガスで充満した「腐海」が至るところにあり、今もなお広がり続けています。人々はガスマスクがないと腐海では息をすることすらできません。それほどに「死」の危険が身近に広がっている世界です。そんな世界でも汚染の少ない地域に点々と人は暮らしていますが、ナウシカ達が暮らす「風の谷」もまたそんな地域に所在。潮風の力によって瘴気から守られている人工500人ほどの小さな国です。



「腐海」は人工的に作られた汚染された世界の浄化装置

王蟲をはじめとしたさまざまな蟲がうごめく腐海。物語の冒頭では、この「腐海こそが瘴気を発生させている」と人々の間では考えられていました。しかし、物語が進むにつれ明らかになったのが、「腐海は汚染された大地を浄化していた」ということ。ここまでは映画中でも語られますが、人々にとっては害悪でしかなかった存在が世界にとっては有益だったという価値観の反転。ナウシカ達は当然ですが、観客も言いようのない不安や葛藤に駆られたことでしょう。

なお、映画版では「腐海は大地を守るために自然発生した」という解釈で終わっていますが、原作コミックスによるその後のストーリーではこの解釈も間違いだったことが発覚。腐海は実は「自然発生したものではなく、旧人類が人工的に作り出したもの」でした。

なぜ腐海を作り出したのかは、のちほど解説します。

「王蟲」は優れた精神性を持つ人工生物

成体のサイズは全長80mほどにもなるという王蟲。そのサイズ感だけでもですが、人間たちにとっては得体の知れないものですから、恐怖や汚らわしさを感じるような存在です。しかし、実際のところ王蟲はとても賢い生き物。慈しみや悲しみといったとてもやさしい心も持ち合わせています。

映画では「激昂すると目の色が真っ赤に変わり、突進してくる」といったシーンが有名ですが、あれも仲間(自然すべて)をないがしろにする人間に対しての深い悲しみによる怒りです。また、王蟲は利益を求めて争いや搾取をくり返す人間に対しても憐憫(れんびん)の心を持てる懐の深さもあわせ持っています。人間よりもよっぽど優れた精神性を持っているといえるでしょう。しかしそんな王蟲も実は、「旧人類によって腐海を守るために人工的に作り出された」ものであることが原作コミックスでは明らかになります。

「巨神兵」はただの破壊兵器に終わらない存在

約1,000年前の遠い昔、火の7日間をもたらしたとされる兵器「巨神兵」。ナウシカたちはその存在を伝説的に知り、「恐ろしい存在なのだ」とだけ理解していましたし、映画ではただのおそろしい兵器として扱われただけで終わってしまっています。

しかし、原作コミックスではかなり重要な存在として描かれ、中でも一体の巨神兵はナウシカのことを「ママ」と慕い、ついてきてしまうといったシーンも。私たちが兵器としてイメージする機械的なものとはまた違う印象であることが、原作コミックスではより深く描かれているのです。また、原作コミックスでは巨神兵がただの破壊兵器ではなく、「調停と裁定の神」として作られたものであることが判明します。

ちなみに余談ですが、前かがみでのっそりのっそりと歩く巨神兵の動き。実はあの動きは、新世紀エヴァンゲリオンの監督をつとめる「庵野秀明」さんが徹夜につぐ徹夜でボロボロになっていたときの動きを参考にしているとのことです(庵野秀明さんも風の谷のナウシカ制作に関わっていたため)。

「火の7日間」は人為的に引きおこされたものである

巨神兵と呼ばれる兵器によって、世界が焼き尽くされたと伝説になっている「火の7日間」。これは争い続ける人々や、それによって汚染された世界を一度リセットするために人為的に引き起こされたものです。そもそも世界が汚染されたのは旧人類が文明を発達させるために自然を搾取し、人同士で争いを続けた結果なので、なんとも傲慢な話ですが……。

腐海や王蟲どころかナウシカたちも旧人類によって作り出されていた

腐海や王蟲たちが人工的に作り出されたということだけでも驚きですが、実はナウシカ達、今を生きる人々を作り出したのも旧人類です。そのためナウシカ達は旧人類が生きていくことのできなくなった汚染された世界でも生きていけます。

ここで思い出したいのが腐海は汚染された世界を浄化していたという事実。そう、ナウシカ達が瘴気だと思っていたのは旧人類たちにとっては清浄な空気であり、ナウシカ達が普段吸っている空気こそが毒なのです……。つまり、いつか世界がすべて浄化されたときにはナウシカ達は滅んでしまう宿命。この宿命もまた旧人類たちが、「浄化された世界にナウシカ達が生きていては、復活した旧人類たちと争う恐れがある」と考え、意図的につくられています。

「ナウシカ達はあくまで浄化されゆく世界を監視させるためにつくられた」ものでしかないのです。

旧人類は「墓所」にて保存され、浄化されるときを待っている

墓所と呼ばれる場所には、旧人類をはじめとした動植物が世界の浄化を待ち、眠りについています。しかも、もともとの旧人類ではまた同じことのくり返しになると悟り、詩と音楽を愛する穏やかな人間になるよう遺伝子改良をした形で、です。これら「この世界の成り立ち」を知ったナウシカは最終的にどうしたのか……。ナウシカの選択はファンの間でも賛否両論分かれているところです。

気になった人はぜひ原作コミックスを読んでみてください。

蒼き衣の者とは結局なんだったのか、ナウシカは救世主たりえるのか

「その者蒼き衣を纏いて金色の野に降りたつべし。失われし大地との絆を結び、ついに人々を清浄の地に導かん」

映画版では大ババ様が語る言い伝えであるこの一節。そして、最終的にはナウシカが「蒼き衣の者」だったとし、救世主として描かれています。しかし、原作コミックスでは「蒼き衣のものは救う者ではなく、ただ道を指し示すだけの人でしかない」のだと解説されています。

実際ここまでの解説でも分かるとおり、ナウシカ達が信じていた世界はすべて旧人類によるリセットのために作り出された浄化装置でしかなく、ナウシカ達にとっては希望のない世界。そういった世界の根底がある以上、少しでも今がよくなるようには導けたとしても、最終的には滅びの道しかありません。

救世主をどのように解釈するかにもよりますが、滅びそのものから救ってくれる救世主的存在にはナウシカはなれないでしょう。

(※物語が終わったのち救世主となる展開も期待できますが、ナウシカの生きる時代の文明レベルは中世レベル。旧文明とは比較にならないほどなのでかなり難しいかと思われます。ただ、人間も世界も環境に適応し変化するものなので、もしかすると旧人類が描いていた未来とはまったく別の未来もありえるかもしれません)

風の谷のナウシカ制作秘話|制作後、宮崎監督はただのアニメーターに戻りたいと語っていた

最後におまけ的な制作秘話をお届けします。実は風の谷のナウシカの制作を終えたあと、宮崎駿監督は「ただのアニメーターに戻りたい」とこぼしていたことがのちのインタビューにて判明しています。というのも、風の谷のナウシカを監督するにあたって、「仲間に言いたくないことを言わないといけない」と。そしてその結果として「多くの友達を失ってしまった」といった事実があったそうで……。そのような流れはたとえその業界を知らなくても、なんとなくは想像がつくはずです。「確かにそれはいやだなあ」と思う人もいるでしょう。しかし、なんとも人間らしい逸話で少しほっこりしてしまいます。

その後、天空の城ラピュタの制作が決まったのはいきあたりばったり

楽しいだけでない監督という立場に嫌気がさしてしまった宮崎駿監督でしたが、みんなが知るようにその後も多くのジブリ作品を生み出しています。なぜ宮崎駿監督が風の谷のナウシカの次作品「天空の城ラピュタ」を手がけることになったかというと……なんと発端は「風の谷のナウシカで得た興行収入の使い道」からです。

風の谷のナウシカにより6,000万円ほどの大金を得た宮崎駿監督ですが、「自分の好きなように使ったら後ろ指をさされる気がする」という悩みを鈴木敏夫プロデューサーに相談。すると鈴木敏夫プロデューサーは友人であり仲間でありライバルでもあった「高畑勲監督のドキュメンタリー映画に出資してはどうか」とアドバイスし、これに宮崎駿監督も乗っかったそうです。

しかし、とても凝り性で知られる高畑勲監督。あれよあれよという間に宮崎駿監督が出資した分も含め、予算を使い切ってしまったといいます。このとき宮崎駿監督はどうにかお金を用意したかったようで、また悩み、鈴木敏夫プロデューサーにこれまた相談。そして鈴木敏夫プロデューサーが「もう一本やりますか?(映画を)」と提案したことがきっかけで天空の城ラピュタの制作が決まったのです。ちなみに鈴木敏夫プロデューサーの提案に対して、宮崎駿監督は即断即決で「やろう」と決めたとのこと。しかも、その場で天空の城のラピュタの企画を説明してきたのだといいます。

なんでも天空の城ラピュタは宮崎駿監督が小学生の頃からあたためていた作品だったための出来事だったようです。ただ、いざとなるとこれだけスムーズに制作の舵を切れるというのは、それだけ「物語を作ること自体は大好きなんだろうなあ」と感じさせられますね。しかし、その後も事あるごとに宮崎駿監督は「もう映画制作はやめよう」や「スタジオジブリは解散しよう」とこぼしていたり……。このような裏話を知ると、やはりその人間らしさにホッとしたり、愛らしさすら感じてしまいますね。

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