ひと昔の映画はたとえ多民族が登場していても、ハリウッド製作のものなら全員が英語を話したり、どこか不自然さを感じることもありました。多民族がそれぞれの言語を話すような舞台設定ならなおさら!むしろそういった多言語を通して作品の面白味に気づくことも多々あります。
そして時代背景や舞台を知るうちに、もっと深く作品を楽しむことができるはず。今回はぜひおすすめしたい映画『イングロリアス・バスターズ』で、多言語の作品の楽しみ方をご紹介します。
目次
イングロリアス・バスターズ【2009年】
クエンティン・タランティーノ監督による歴史改変戦争映画。物語は5章に分けて語られ、家族を惨殺されたユダヤ人ショシャナと米軍のユダヤ人特殊部隊「バスターズ」が、ヒトラーとナチス高官たちを「映画」によって葬り去るという、タランティーノならではの演出が秀逸な復讐劇です。
第二次世界大戦中のナチス占領下フランスを舞台にしており、ドイツ人、フランス人、イギリス人、アメリカ人が登場し、それこそ劇中ずっと各言語が飛び交います。最初は目まぐるしく展開される多言語シーンに圧倒され、字幕を追うので精一杯!しかしそのうちその状態にも慣れてきて、登場人物全員が英語で話しているよりも自然体に見えます。タランティーノ監督は各国言語を操れる多国籍キャスティングを特に重視していたようです。
イングロリアス・バスターズのあらすじ
復讐劇の舞台は、1941年ナチス占領下のフランスの田舎町ナンシーから始まります。ここに農家として家族で住んでいたショシャナ(メラニー・ロラン)は、「ユダヤ・ハンター」と呼ばれる親衛隊のランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)から辛くも1人逃げ出し、パリで生き延びます。
一方米軍のバスターズたちは、フランスに潜入して極秘任務であるナチス狩りを行います。殺した兵士の頭皮を剥ぐという残忍なバスターズの行為にドイツ軍も恐れをなしていました。ショシャナは逃げ延びたパリでエマニュエル・ミミューと名前を変えて映画館を営み、そして終戦1年前の1944年、フレデリック・ツォラー(ダニエル・ブリュール)というドイツ軍兵士と出会いナチスに復讐する機会を得ます。
ショシャナの復讐計画と、バスターズとイギリス軍の連合軍が協力して実行する「映画館作戦」。この2つが同時に行われる時、架空の歴史上に壮大な復讐劇が幕を開けます!
【時代背景】第二次世界大戦の西部戦線
バスターズが暗躍した西部戦線は、1939年にドイツ軍がポーランドに侵攻して始まった第二次世界大戦の中で、ヨーロッパ西部で繰り広げられた戦いです。1940年6月にパリが陥落、フランスは降伏しドイツによる占領統治が始まりました。イギリスでも空爆が行われましたがドイツ軍の上陸だけは許しませんでした。
占領下のフランスではバスターズのような特殊部隊やレジスタンスの活動が行われていたといい、そういった時代背景を取り入れています。といっても、あくまでもこの物語はタランティーノの歴史おとぎ話です。ショシャナもバスターズたちも架空の人物ではありますが、だからこそ史実の壁を取り払った大胆な演出も可能になったわけですね。
【ロケーション】ナチス占領下のフランス・パリ
親独政府が樹立した占領下のフランス、特にパリではドイツ軍兵士やナチス将校たちが闊歩していました。フレデリックは実は戦争の英雄で、『国家の誇り』という映画に本人役として出演した有名人です。身分を隠したいショシャナに執拗に言い寄るフレデリックは、なぜか嫌味なくらいフランス語が堪能!ドイツ語ができるフランス人は親独政府下でナチスに取り入り、フランス語が話せるドイツ兵士はフランス人に言い寄っていた?と思わせるような演出です。しかしショシャナはフランス語しか一切話しません。
第3章「パリにおけるドイツの宵」では、フレデリックがショシャナの映画館で『国家の誇り』のプレミア上映を行いたいと、ナチスの宣伝大臣ゲッベルス(シルヴェスター・グロート)とショシャナを引き合わせるシーンがあります。まるで当時のパリの状況を象徴するかのような場面で、ドイツ語で自論をまくし立てるゲッベルスとそれを翻訳するフランス人通訳兼愛人、ドイツ語とフランス語を操るフレデリックと終始無言のショシャナが印象的です。
【民族構成】多民族が住むヨーロッパという土地柄
ドイツがヨーロッパ全土を巻き込み火の海にした西部・東部戦線は欧州戦線に拡大し、当初はドイツ・イタリアとイギリス・フランスの戦いでしたが、1941年の真珠湾攻撃でアメリカも参戦し、日独伊の枢軸国と英米仏の連合国との第二次世界大戦が本格的に始まりました。
いつの時代も実に皮肉なことに戦争という舞台が多民族を1ヶ所に集め、多国籍軍が結成されて1つの国を滅ぼしたりします。世界大戦を扱った映画がいまだ多いのも、さまざまな民族がそれぞれの国を背負って集うストーリーにドラマがあるからではないでしょうか。そしてヨーロッパという土地は古くから民族間の衝突も多く、多民族国家を形成して国境を密に接しています。歴史・土地柄からすれば何ヶ国語も話せることは、ヨーロッパではスタンダードなのでしょう。
第4章「映画館作戦」では連合国が協力して、プレミア上映での爆破計画を遂行しようとフランスに集います。ドイツ出身のバスターズとイギリス軍のヒコックス中尉(マイケル・ファスベンダー)を、イギリスの二重スパイであるドイツ人女優ハマーシュマルク(ダイアン・クルーガー)の手引きで作戦を練る計画でした。しかし不運が重なり会合は失敗、会合場所の居酒屋は壮絶な撃ち合いで血の海になります。銃撃が終わった後、バスターズを率いる米軍のアルド・レイン中尉(ブラッド・ピット)が事態を収拾する一連の流れ、まるで欧州戦線を模しているようです。
【見どころ・聴きどころ】ランダ大佐の独り舞台
タランティーノ監督が最後まで決め兼ねたというハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)のキャスティング。しかしミーティングに現れたクリストフ・ヴァルツと会って、すぐ問題は解決したといいます。オーストリア出身のヴァルツは、ドイツ語・フランス語・英語を流暢に話し、劇中では早口なイタリア語も披露しています。ヴァルツ演じるランダ大佐がいなければ、この作品の成功はなかったと言っても過言ではありません!そんなランダ大佐の一押しの見どころ・聴きどころをご紹介します。
第1章「その昔…ナチ占領下のフランスで」
ユダヤ一家を匿うラパディット(ドゥニ・メノーシェ)とランダ大佐の緊迫した会話で幕を開ける本作。初めはドイツ将校にドイツ語で命令し、ラパディットにフランス語で丁重に話しかけるランダですが、フランス語はもう限界と言って途中で英語に切り替えます。
しかし、実は床下に隠れているショシャナたちに話がわからないように英語に切り替えたのです!ラパディットの娘に流暢にフランス語で紳士的にミルクを所望する様子と、英語でラパディットに滔々とユダヤ狩りについて語るやや尊大な姿、そして何食わぬ顔でフランス語に戻って容赦なく部下たちに床を銃撃させる冷徹さ。長ゼリフの上、3つの言語を苦もなく切り替える頭脳。もうオープニングを見ただけでランダ大佐に脱帽です。
第5章「ジャイアント・フェイスの逆襲」
プレミア上映の夜、ハマーシュマルクをエスコートして会場入りしたレイン中尉とバスターズのドニー(イーライ・ロス)とオマー(オマー・ドゥーム)がイタリア人のフリをしているところに、会場警備をするランダ大佐が近づきます。
ランダ大佐とハマーシュマルクはまずドイツ語で会話しますが、彼女が足を負傷した原因が登山だと言うのを聞いて大爆笑!なぜなら、ランダはハマーシュマルクがスパイだと気付いているからです。レイン中尉たちの正体も知っているランダは早口のイタリア語で煙に巻き、何度もイタリア語で名前を言わせる件は劇中一滑稽なシーンです。
【まとめ】必要不可欠!多彩・多才なキャストたち
この作品にはヴァルツ以外にも多くのトリリンガル・キャストが名を連ねています。中でも特筆すべきはハマーシュマルク役のダイアン・クルーガーとフレデリック役のダニエル・ブリュールの2人。
Diane Kruger公式Instagramアカウント(@dianekruger)より
クルーガーはドイツ出身で、元々は英国ロイヤル・バレエ団のダンサー。パリでモデル活動もしていたため、ドイツ語・英語・フランス語が話せます。もちろん劇中でもこの3ヶ国語を駆使していました。
Daniel Brühl公式Instagramアカウント(@thedanielbruhl)より
ブリュールはスペイン出身のドイツ人俳優で、流暢に話せる言語はなんと英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語の4ヶ国語!劇中では独仏両方の言語を自由に操っています。
ヨーロッパという地域の強みを最大限利用して、これからはもっと彼らのような多言語を駆使して活躍する俳優たちが増えていくのではないでしょうか。
最後に
今回はヨーロッパという歴史ある土地を舞台にした多言語映画をご紹介しました。『イングロリアス・バスターズ』のような戦争や歴史を扱った作品には多言語要素が盛り込まれることが多く、この他にも魅力的な多言語映画があります。これからはぜひ、多言語という要素にも注目して鑑賞してみてください!
参考資料:『イングロリアス・バスターズ』劇場版パンフレット
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